屋久島 縄文杉

旅レポ

屋久島トレッキング紀行|夢に見た縄文杉を訪れて

2019年6月25日

妻の体調が思わしくないようだ。

荒川登山口の休憩所から、なかなか出てこようとしない。どうやら、酔い止め薬を飲み忘れてバスに酔ってしまったらしい。

休憩所のベンチに座りこんだまま、30分ほど経過した。

冬季を除き、縄文杉へと続く登山口には、安房の屋久島自然館から発着するシャトルバスを利用する必要がある。マイカーは利用できないのだ。シャトルバスの運行は、往路で午前4時台から7時まで。復路は午後14時から18時までである。

荒川登山口から縄文杉まで往復10時間の行程を考えれば、早く出発しないと帰る手立てが断たれてしまう。山中に取り残されるわけにはいかない。

妻に「縄文杉は諦めて、次のバスで帰ろう」と声をかけようとしたとき、妻はそれを遮るように、ゆっくりと立ち上がった。そのまま、ゆっくり、ゆっくりと、縄文杉を目指して歩き始めた。

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結婚する前から「屋久島に行きたい」が妻の口癖であった。どこか行きたい場所はないかと尋ねると、必ず「いつか屋久島に行きたい」と答え、ついにその夢を叶えるチャンスが訪れた。私たち夫婦は、新婚旅行で屋久島を訪れたのだ。

新婚旅行といえば、ハワイやグアムのリゾート地で贅沢な旅行をする、というのが私のイメージだったし、多くの人もそうであろう。

しかし、妻は海外のリゾート旅行には目もくれず屋久島旅行を選んだ。山好きの私も、もちろん賛成である。学生時代はアメリカのシカゴで暮らし、海外経験もそれなりにある妻にとって、海外リゾートは魅力的に映らなかったのかもしれない。

そうと決まれば登山道具を用意して、妻には「日頃からエレベーターではなく階段を使うように」と指令を出し、結婚式の翌日にはーーこの日しか練習できる日がなかったのだーー兵庫県の六甲山へ予行演習へと出かけた。

できるだけの準備をし、屋久島を訪れたのは2018年の5月のことである。

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ゴールデンウィークを過ぎ、もうすぐ梅雨に入ろうかという屋久島は雨の匂いを漂わせていた。縄文杉への玄関口、屋久島自然館バス停前に集まった多くのハイカーたちも、レインウエアを着用するか否かを迷っている。

それにしても、繁忙期を過ぎた平日だというのに、これだけの人だかりができるとは思いもしなかった。さすがは世界遺産である。そして、もう一つ驚いたのが登山ガイドの人数だ。

私たちは運良く第一便に乗車できたが、バスはもちろん満席で、おそらく第2便、第3便も満席だろう。その中の1/3程度の人数を、登山ガイドが占めていたように思う。私たちはガイドを依頼しなかったが、ひとグループに2名から3名のガイドがつき、案内をしてくれるようだった。

私はトロッコ道を歩きながら、もちろん妻の様子をうかがいながら、そして屋久島の植生に感動しながらも、同じペースで歩くグループのガイドを観察していた。屋久島の登山ガイドは、外観やら案内の方法やら、みな個性豊かで面白かったのだ。

屋久島 トロッコ道

いかにも「日本山岳ガイド協会」に所属している風のガイドは、登山の教科書のような完璧な装備をまとい、屋久島の歴史や屋久杉について、熱のこもった説明をしている。

かと思えば、白髪混じりのあごひげを伸ばし、上着はタンクトップに下は短パン、足もとはビーチサンダルに左手には傘といった、仙人のようなガイドも見かけた。「ここはワシの庭なんじゃよ、大げさな装備などいらん」という声が聞こえてきそうだった。

中には、自分の背丈ほどある大きなバックパックを背負っているガイドも数名見かけた。

「一体何を背負っているのだろう。 トレーニングを兼ねているのかな?」などと思っていたが、その考えは間違っていた。

大きなバックパックの中身は、登山客全員分の食料と、万が一帰れなくなった時のテントや数人分の寝袋などが詰められていたのだ。

縄文杉は世界自然遺産に登録された日本の名所である。縄文杉を一目見ようと多くの観光客が訪れるのだが、その全員が登山経験者、というわけではない。

歩きなれていない観光グループでは、予定のペースから大幅に遅れ、帰りのバスに間に合わないこともあるのだろう。万が一山中に取り残されても、全員が安全に宿泊できる装備を背負っていたのだ。

そのガイドは、休憩に入ると登山客のために雨よけのタープを張り、お湯を沸かし、食事の用意を始めた。その姿に敬服した私は「私にはとてもガイドは務まらない」と感じたものだ。

彼らが背負うバックパックの重さは20kgどころではないはずだ。1人分のテント泊登山の装備でも約15kgであるが、それさえも慣れない人は背負えるものではない。きゃしゃな人なら持ち上げることも困難だろう。

彼らは、ガイドに指名してくれた登山客の安全と、屋久島の自然を満喫してほしいという思いを、バックパックに背負っていたのだ。

***

トロッコ道の終点、大株歩道入り口に到着するころには、妻の体調はだいぶ回復していた。ここまで約8kmの道のりをよく頑張って歩いてくれた。しかし、ここからが本格的な登山道の始まりである。これまで以上にゆっくりと慎重に歩いていく。

屋久島 大株歩道

妻には、なるべく荷物を軽くするように教え、そして、1ヶ月以上前から階段でのトレーニングを勧めていた。そのトレーニングの効果は十分のようだ。旅行直前での予行演習を、無事に歩ききれたことも妻の支えになっていた。

大株歩道入口から、ハートマークの写真で有名なウィルソン株までの急登を、ゆっくりと確実に登っていく。その間も、雨はシトシトと降り注いでいた。ウィルソン株までこれば、縄文杉まであと1時間少しで到着できる。夫婦お互いにはげまし合いながら、いよいよ世界遺産の森を歩き始めた。

屋久島は、1992年に白神山地とともに日本発の世界自然遺産に登録された。その理由は、樹齢数千年の屋久杉をはじめ、極めて特殊な森林植生をもつことが一つ。そして、亜熱帯から冷温帯・亜高山帯におよぶ植生が垂直に分布され、日本列島の縮図ともいえる植生を保有していることが挙げられる。

屋久島は、亜熱帯の気温の高い地域でありながら、山を登るごとに気候は変化し、最高峰の宮之浦岳(標高1936m)付近では北海道の気候を有している。屋久島は日本の気候と植生の特徴を凝縮させた島なのだ。

しかしながら、屋久島全土が世界遺産というわけではない。登録範囲は島の21%に過ぎず、人の手が入っていない原生林でもないのだ。

江戸時代以降に続いた伐採の歴史があり、極相林、つまり、自然のサイクルの中で安定期に至ったエリアが世界遺産として登録されている。荒川登山口から続くトロッコ道は世界遺産ではなく、ウィルソン株からさらに進んだ先の、大王杉や夫婦杉のあたりからが世界遺産の森である。

ここまで来ると、すでに縄文杉を見物し、折り返してきた登山客とすれ違うことが増える。すれ違う人が、みな満足そうな笑顔に見えるのも縄文杉のもつパワーであろうか。まだか、まだかと、逸る気持ちをおさえられない私たちの視界に、ついに縄文杉の展望デッキをとらえた。

***

「なんだ、間近でさわれないのか……」

一瞬、ほんの一瞬だけ残念に思ったのが正直なところだ。だが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。

目の前には屋久島の主が鎮座しているのだ。

「わぁ……」

その堂々とした姿に驚き入り、うまく言葉を紡げなかった。

大きいとか小さいとか、そんな次元の話ではない。推定樹齢は3000年をこえ、台風の常襲する屋久島で倒れることなく成長し、うねる幹と荒々しい瘤(こぶ)は神々しいとさえ感じさせる。神の存在を信じぬ人でも、縄文杉を前にして、まだ信じぬことができるだろうか。そのたくましい枝に、森の精霊がこしかけていてもなんら不思議はない。自然を超越した超自然を感じずにはいられなかったのだ。

***

展望デッキからじっくりと縄文杉を観察し、後ろ髪をひかれる思いでその場を後にした。

夢に見た縄文杉を訪れた満足そうな妻の顔を見て、私もまた満足だった。復路の途中で昼食をとるころには、妻の朝の不調がうそのように回復していた。おかげで、予定より2本も早い帰りのバスに間に合った。

縄文杉を訪れたことのない人は、一生に一度は訪れてほしいと思う。この感動は、自分の目で確かめてもらうことでしか、伝えられないのだから。

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  • この記事を書いた人

Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

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