10数年ぶりにポケットナイフを新しくした。
長年の使用に耐えてくれた「ビクトリノックス・トラベラー(現クライマー)」は既に傷だらけだ。まだまだ現役で使えるのだが、そろそろ買い替えてもいい頃合いだろう。
僕が選んだのは同じくビクトリノックスの「エクセルシオール」、旧称スーベニアだ。世界で初めて女性によるエベレスト登頂および七大陸最高峰登頂を果たした田部井 淳子さんが愛用したことで知られる、シンプルなポケットナイフである。
軽く小さくシンプルなナイフがいい

アウトドアナイフと聞くとどのようなイメージを持つだろう——多くの人はランボーが使っていた(若い人、分かるかな……)サバイバルナイフのような大型のものを思い浮かべるであろう。
サバイバルナイフのハンドルは中空で、そこに数々のサバイバルキットが仕込まれている。ランボーはそのナイフを駆使してジャングルの中を生き延び、敵に立ち向かうのである。
僕が高校生のころ、バイド代をためてアウトドア用に”ランボーナイフ”を買いに兵庫県姫路市にある刃物店に足を運んだことがあった。「キャンプや釣りに使うランボーナイフが欲しいのだ」と店主に相談すると、その人は優しく諭してくれた。(そして未成年者がナイフを探しにきたことを少し心配していた)
「ハンドルが中空のサバイバルナイフは構造的に弱い。それに、大型のナイフは扱いにくいよ。あれは映画の世界の話だ」と。
アウトドア初心者だった僕は、何となく大きなナイフに頼りがいを感じていたし、アウトドアと言えば大型ナイフという図式が頭の中に出来上がっていた。ランボーナイフの購入はさすがに見送ったものの、それでも別の大きなナイフを数千円で購入して、意気揚々と自宅へと帰った。そこで思い知ることになるのだ。
「なんだこれ!? こんなはずじゃ……」
大型のナイフは小指ほどの小枝を払ったり、ハンティングの獲物の止め刺しをしたり、あるいはもし無人島に漂着したらナイフ1本でシェルターを作り、獲物を捕まえ、最後にはイカダを作って脱出するのだ——という女性から「バカじゃないのと」白い目で見られるような妄想をして遊んだりするには面白いものだった。
だが実際にはどうだ。小枝をなぎ払えるほどの大型ナイフでは、リンゴの皮をうまくむけない。調理には大きなヒルト(刀でいう鍔(つば)の部分)が邪魔をする。おまけに重くてかさばるし、休憩の度に腰から外さないといけない。これではせっかく買ったナイフも宝の持ち腐れである。より小型で使いやすいナイフを探し求めるのは時間の問題だったのだ。

小学生のキャンプ教室に始まり、学生時代の釣りや友人とのキャンプ、社会人になってからの登山とかれこれアウトドアに20年以上は親しんでいるのだが、ただの一度も大型ナイフを必要とする場面はなかった。もしそれが必要なときが来るとしたら、取得した狩猟免許を生かして獲物にとどめを刺すときだろう。
刃物は指先から離れれば離れるほどコントロールが利かなくなる。ナイフを扱い慣れた人が「指先がナイフだったらなぁ」などと言うのはそのためだ。
昨今のアウトドアや日常生活でナイフを必要とする場面、例えば調理や魚を〆るとき、木を削る、ロープを切る、レトルトパックを開封する、Amazonから届いた商品の梱包を開ける、といった作業は、この刃渡り6cm未満の、わずか22gの小さなナイフで事足りるのである。
「これじゃバトニング(ナイフでの薪割り)ができない」だって??
ナイフは切る道具であり、割るのはナタやオノの役目だよ。これも刃物店の親切な店主から教わったことである。
ツールの数は最小限を選びたい

ビクトリノックスはアーミーナイフや十徳ナイフと呼ばれる多機能ナイフの代表メーカーだ。それ故に、ナイフそのものよりも搭載されるツールに目が行きがちである。
ビクトリノックス・トラベラーには14の機能があり、ハサミ、缶切り、大小のドライバーなどが搭載される、いかにも十徳ナイフらしいたたずまいだ。しかし、10年ほど愛用する中で、ついに一度も使わなかったツールがある。
- 缶切り
- ワインオープナー
- リーマー(穴あけ、キリ)
- つまようじ
- ピンセット
日本国内ではもはや缶切りの出番はない。もしあったとしても缶詰はナイフで開けられる。「ナイフで缶詰は開けられるが缶切りで木は削れない」とうのはカスタムナイフの巨匠・相田義人の言葉だ。
リーマーで穴を開けることもなかったなぁ。ワインオープナーは、ワインで酔っ払って使ったことを覚えていない、ということでは(たぶん)ない。
10年使わなかったのだ。今後使うこともないだろう。そこで大小のブレードのみ、とういうシンプルなナイフを選んだのである。

こういう十徳ナイフは、ツールの数が多くなるほど重く分厚く——そして高価に——なる。トラベラーも大きさの割にポケットに入れるとズッシリと重みを感じたものだ。やはり自分が必要とするツールを見極め、その最小限のナイフを選んだほうがいいだろう。
大型ナイフと同様に、重たくて手になじまない道具はコントロールが難しく、やがてホコリをかぶるのがオチである。ビクトリノックスにも49もの機能を搭載したスペシャルなモデルがあるが、こういったのはメーカーの技術力をアピールするための、実用品ではないコレクターズアイテムだと心得よう。
ポケットナイフをいつも手元に置いて

エクセルシオールは普段はデスクの上に、野外ではポケットに携帯して、鉛筆削りや手紙の開封から、木を削ったりロープを切ったりと活躍してくれるだろう。切れ味が落ちたら研ぎ直し、オイルを差して手入れをしながら。
エクセルシオールにはナイフのロック機構がない、片手で開けないなどの欠点があり、最新ナイフと比べると少々古臭いのが事実だ。しかし、そこは道具の特性を知った上で使いこなしたい。個人的には”スマーフォンなんか”より、この小さなナイフのほうがよほど有用な道具だと思っている。
使い込んだ10年後にどんな表情を見せてくれるのか、今から楽しみである。