熊野古道

山レポート 旅行

1泊2日で楽しむ熊野古道中辺路の旅

 2015年の4月、迷える30代男2人で「みそぎの旅」と題して歩いた熊野古道。みそぎのおかげで良縁に恵まれ、2019年には結婚記念の旅として妻と2人で歩いてきた。

 熊野三山を結ぶ巡礼の道から選んだのは、もっとも人気の高い中辺路ルートである。

 なお、宿泊や詳しいルート、アクセス情報は『熊野古道の観光と山歩きを同時に楽しむ!おすすめルートのご紹介』を参考に。

 ※この記事は2019年に歩いた熊野古道の過去記事を編集・再掲したものです。

目次

紀伊田辺の観光

紀伊田辺駅
建て替え中のJR紀伊田辺駅

 JR紀伊田辺駅発、近露王子方面行きのバスは14時50分発である。お昼に紀伊田辺に到着すれば、バスの時間までに昼食と観光を楽しめる算段だ。

 2019年1月に紀伊田辺を訪れた時は青春18切符を使った。大阪から随分時間がかかる印象だったが、今回は特急列車を使うから朝はゆっくりと出発できた。

 午前10時15分、新大阪駅発の特急くろしお号に乗り込む。車窓から望む太平洋の景色を楽しんだり、熊野古道の地図を読んだりしているうちに、あっと言う間に時間がすぎた。

紀伊田辺名物のあがら丼

 観光の前に腹ごしらえということで、紀伊田辺に立ち寄ったらぜひ食べたいものがある。それは紀伊田辺名物の「あがら丼」だ。

 あがら丼の”あがら”とは、この地域の言葉で”わたし達の”という意味で、あがら丼とは地元の食材を使った丼ぶりの総称のことである。

 向かった先は宝来寿司。地元の常連でにぎわう寿司屋で、美味いあがら丼をいただける。

あがら丼
宝来寿司のあがら丼

 宝来寿司では「漬けカツオとシラス丼」の他、太刀魚や太刀魚天ぷらのあがら丼がメニューに並ぶ。しかも、カツオとシラスがたっぷり乗ったあがら丼に、瓶ビールを頼んで1500円ほどの良心的なお値段だ。

 お腹も膨れてほろ酔い気分になり、すでにご機嫌である。バスの時間まで近所を散策し、14時50分発のバスで近露王子へと向かった。

1日1組限定の宿『いろり庵』

 近露王子のバス停には、今夜お世話になる宿「いろり庵」のおかみさんが車で迎えに来てくれた。

 いろり庵は1日1組限定の隠れ家的存在の宿で、近露王子と継桜王子の中間に位置する。おかみさんとシェフのご夫婦で切り盛りされている。

民宿 いろり庵

 いろり庵までの道中、熊野古道の歴史などを聞かせてもらいながら10分もかからず宿に到着。

 そこは熊野古道中辺路のすぐ脇の高台にあり、紀州の山々を見渡せる好展望地であった。気象条件がそろえば雲海も観られるのだそうだ。毎日この景色を望める中辺路の人をうらやましく思う。「こんな場所に住みたいなぁ」と思わず独り言がこぼれた。

 いろり庵はその名の通り、玄関を入ってすぐの座敷にいろりがある。そこで宿のご主人がいろり庵オリジナルのお茶で歓迎してくれた。

音無茶と郷土料理

 なんでも、この地域の家々は大なり小なり茶畑を持ち、自家製のお茶「音無茶(おとなしちゃ)」を作るのだそうだ。

音無茶
いろり庵オリジナルの「音無茶」

 家庭で消費するだけの小さな茶畑から収穫・焙煎した、その家オリジナルのお茶は、市場に出回ることはない。

 通常、収穫した茶葉は蒸して加工するが、音無茶は大鍋で炒るのだそうだ。炒る時間や温度の違いによりその家ごとの味となり、いろり庵のお茶は2〜3時間かけてじっくりと炒られる。

 そのおかげでお茶の旨味を引き出しながらも緑茶のような渋みはなく、麦茶やほうじ茶のように、さっぱりと飲める味わいとなるのだ。

 近露温泉「ひすいの湯」を楽しんだ後は、お楽しみの夕食である。この日は山菜を始め、山の幸をたっぷりと堪能させてもらった。

民宿いろり庵
熊野牛のすき焼き

 フキやゼンマイのおひたしに始まり、イタドリの和え物にたけのこの煮物、鹿肉の天ぷら、熊野牛のすき焼き、〆には辛み大根ソーメンと盛りだくさんのメニューである。

 ーー「食材で買っているものはほとんどないんです。家の周りをぐるっと歩けば山菜が手に入り、鹿肉は近所の猟師さんから分けてもらい、大根はおじいさんが作っているんです」

 ーー「うまい商売やなぁ、と、近所に人に言われます」

 おかみさんが和かに話してくれた。

 私は大阪市内で暮らし、日本経済の恩恵を受けながら生活している。大阪には日本中のモノが集まると言っても過言ではなく、お金さえ払えば手に入らないモノなどないだろう。

 しかし、いろり庵や中辺路での暮らしを目の当たりにすると「豊かさって何なんだろう?」と改めて考えさせられた。

熊野古道 中辺路
いろり庵からの風景

 周辺の民家のほとんどには煙突が設置され、冬の暖房には薪ストーブが使われるようだ。薪は近隣の山で手に入り、それらは石油燃料とは違い20年ほどの歳月で再生される。実に自然の理にかなった生活ではないだろうか。

 人生はお金だけじゃないよなぁと思いながらも、経済活動を忘れて暮らすには、忘れられるぐらいのお金が必要だという現実。まだまだ人生模索中である。

 すき焼きに、山菜に、天ぷらにと盛りだくさんの夕食であったが、どれもおいしくハズレがない。特に印象深いのは山菜のおひたしだ。だし汁が抜群で、食べた瞬間に他の料理への期待も大きく膨らんだ。

 〆にいただいた辛味大根は、強烈なわさびのように全身をしびれさせた。おかげで、ほろ酔い気分の身も心もさっぱりとし、古道歩きの鋭気を十分に養えた。

 まだ20時前だというのに、満たされた私はすぐさま寝床に着く。ただただ、明日の古道歩きが楽しみで仕方がない。

熊野古道、中辺路を歩く

民宿いろり庵
いろり庵の朝

 「コケコッコー!」と漫画の吹き出しのようなニワトリの鳴き声で目が覚めた。

 窓からはうっすらと明かりが差し込み、遠くに望む紀伊山地の山々には幻想的な霧がかかっている。

 いつもならアラームで目を覚まし「OK Google、ニュースを再生して」と朝のルーティンをこなすところだが、今日はそんな野暮なことはしない。

 顔を洗いながら、鳥のさえずりとニワトリの鳴き声を楽しんでいるうちに、台所からお茶のいい香りが漂ってくる。朝食は和歌山名物の茶粥だ。

 茶粥は、お米の状態から茶葉と一緒にやわらかく炊きあげる、和歌山名物のお粥である。いろり庵でいただいたのは、お茶のみで味付けしたシンプルな茶粥だったが、地域によって味付けが異なり、塩をふる場合もあるそうだ。

 いろり庵の茶粥は塩をふらない代わりに、辛く酸っぱく、パンチのある梅干しや、鉄火味噌をおかずにいただく。

民宿いろり庵
茶粥と豪華な朝食

 濃いめのおかずはシンプルな茶粥と相性がよく、だし巻きやアジの干物とともに、お鍋にいっぱいの茶粥を難なくたいらげてしまった。腹ごしらえは完璧である。

 いろり庵のご夫妻に見送られながら、午前7時、いよいよ世界遺産を歩き出した。

継桜王子・野中の清水〜草鞋峠

熊野古道 野中の清水
野中の清水にて

 これから歩く約8時間半の道のりを見据え、まずは水を確保したい。

 宿の先にある継桜王子には「野中の清水」と呼ばれる近畿の名水百選に選ばれた水場があり、そこを目指す。

 宿を後にし、世界遺産を歩いていると思うと浮き足が立った。

 野中の清水は、継桜王子の手前で熊野古道をいったん外れ、3分ほど歩いた場所にある。そこは小さな湖のような場所で、こんこんと水が湧き出ていた。水量が豊富なことで知られ、古来より旅人の喉を潤してきた場所だ。2Lの水筒+500mlの水筒を満タンにし、再び熊野古道を歩きだす。

熊野古道 中辺路 野中の一方杉
継桜王子の名所「野中の一方杉」

 熊野古道はその全てが山道ではない。かつてのメインルートである中辺路は、現在は集落と集落をつなぐ生活道として使われており、舗装路と山道が交互に現れる。集落として残っている場所は、かつて熊野詣の宿場や中継場として機能していたのだ。

熊野古道 中辺路
熊野古道は生活道としても使われている。

 小広峠あたりからいよいよ山道に入っていく。6月ともなると、アスファルトの生活道は日差しが暑いが、山道は木陰の中で涼しく、幾分暑さも和らいだ。

熊野古道 中辺路
いよいよ山道だ。

 熊野三山周辺は、年間降水量が約4000mmにも達する全国でも有数の多雨地帯である。同じく多雨地帯として知られる屋久島の登山道と通じるものがあり、中辺路では苔むした石畳の上を歩く。

 映画「もののけ姫」に登場するシシ神の森のような雰囲気を感じながら、苔をなるべく踏まなように歩いて行った。

草鞋峠〜岩上峠〜三越峠

熊野古道 中辺路
苔むした石畳を歩く

 草鞋峠の先にある仲人茶屋跡からは迂回路を進むことになる。数年前の台風被害により、本来の道に地滑りの兆候が見られるようだ。

 岩上峠を越えて蛇形地蔵尊(じゃがたじぞうそん)へと至る道を進む。近露王子から熊野本宮大社には3つの大きな峠超えがあり、岩上峠はもっもきつい登り坂だ。1kmで標高差200m以上を登る。

 眺望の良い道だが、日差しを遮るものが少ない、ということでもあり額からは汗が吹き出した。

 「ガンバッテ!」「ガンバッテ!」

 後ろから追いついたきた外国人カップルに声をかけられ、お互いに励まし合いながら道をゆずる。彼らは40L程度のバックパックを背負いながらも、パワフルにのぼっていった。

熊野古道 中辺路
岩上峠の先にある蛇形地蔵。

 岩上峠を越えてから約1時間。杉木立の森の急勾配を登りきると、三越峠の休憩所に到着である。東屋やトイレがあり、展望もなかなかのものではないか。

 ひと息つきながら、いろり庵で用意してもらったおにぎり弁当をいただく。紀州の梅おにぎりや鉄火味噌のおにぎりが、疲れた体に優しく染み渡たった。

民宿いろり庵 おにぎり弁当

 ちなみにおにぎり弁当は350円。宿泊費も含めて、もう少し値段を上げてもいいと思った宿泊客は私だけではないだろう。

三越峠〜発心門王子〜熊野本宮大社

 三越峠を下り、道の川集落跡を通過し、発心門王子を目指して歩いて行く。

 熊野古道では〇〇王子をよく見聞きするが、王子とは熊野権現の御子神(みこがみ)を祭る神社の総称であり、それらは熊野九十九王子と呼ばれてる。

熊野古道 中辺路
熊野古道に点在する王子のひとつ「湯川王子」

 中でも発心門王子は格式の高い五体王子の一つであり、発心門王子から先が熊野本宮大社の神域とされていた。発心門とは「悟りの心を開く門」という意味で、この門をくぐることは旅人にとって大きな意味を持っていたのだ。

 発心門王子から熊野本宮大社までは熊野古道のハイライトであり、最も人気の高いコースである。

熊野古道 発心門王子
発心門王子から先が熊野本宮大社の神域とされていた。

 発心門王子から先、水呑王子、伏拝王子のあたりは、集落と集落を結ぶ生活道として使われており、茶畑や田園風景が広がっている。

 ところどころに設けられた無人販売所では、茶葉のお土産が販売されていた。

 遠くに望む紀伊山地の山々に想いをめぐらせながら、古道歩きがゴールに近づくことに寂しさも感じる。伏拝王子に到着すれば、熊野本宮大社までは約1時間の道のりだ。

熊野古道 中辺路
茶畑と紀伊山脈

 生活道を跡にし、再び森の中へ入れば、本宮大社までわずかなアップダウンを繰り返しながら、古い石畳の上を歩いていく。道幅も広くなり、登山道というよりは参詣道という言葉が当てはまる。

 森の中を抜け、住宅街の舗装路に出ると、最後の王子である祓殿王子(はらいどおうじ)に到着する。

 熊野本宮大社を参拝するにあたり、最後のみそぎの場として、道中の汚れを払い落とした場所だ。

熊野本宮大社
熊野本宮大社の裏鳥居。

 しばしの休憩後、無事に中辺路を歩けたことにホッとしつつ、熊野本宮大社の裏大鳥居をくぐる。

熊野本宮大社と大斎原(おおゆのはら)

熊野古道
2015年に歩いた熊野古道の難所「小雲取越・大雲取越」

 熊野本宮大社を訪れたのはこれで2度目だ。1度目は2015年に友人と訪れ、その時の記憶がよみがえる。

 ——2015年4月の居酒屋でのこと。

 当時、私と友人はプライベートで何かと悩みを抱えており「俺たち、みそぎが必要なんじゃね?」との結論から、バツイチ30代の男同士で、熊野詣の旅を決めた。

 大雨の中、熊野本宮大社を出発し、小雲取越え・大雲取越えの難所を歩き、那智大社へと踏破したことは今でも鮮明に覚えている。

那智の滝
大雨に打たれながら、ようやくたどり着いた熊野那智大社。

 嵐のような雨に打たれ、ようやくたどり着いた那智で食べたうどんは、間違いなく人生の中で最も美味いうどんだ。

 熊野詣のおかげで、今では2人とも良き妻に巡りあえ、幸せに暮らしているのだ。

 懐かしい思い出を胸に、厳かな空気の流れる境内を散策する。汗で汚れたハイキングの服装は、本宮大社におおよそ似付かわしくない。旅人が要所要所で身を清めたのも納得だ。

 熊野本宮大社の主祭神は、家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)であり素盞嗚尊(すさのおのみこと)と同体とされている。

 拝殿の側には、導きの神として信仰される八咫烏(やたがらす)の像が祭られていた。

 八咫烏は日本神話の神武東征において、神武天皇を導いた熊野権現に使える3本足のカラスであり、熊野のシンボル的存在だ。

 ひととおりの参拝を済ませ、日本一の大鳥居「大斎原」へと向かう。

 熊野本宮大社の旧社は、音無川の中州である大斎原にあったが、明治22年の水害により現在の場所に遷された。大斎原は、熊野の神々が降臨した聖地とされ、古の旅人が長い旅路の末にたどり着いたのは大斎原であった。

大斎原
日本一の大鳥居「大斎原」

 熊野本宮大社から道路を渡り、田んぼの中を進むと、大鳥居が目の前に飛び込んでくる。「おおっ!!」と思わず叫んでしまった。それは大きいなんてものではない。

 鳥居の近くを歩く人をミニチュアのように感じてしまう。

 大斎原の境内には神聖な空気が流れ、緑豊かで心地いい風が吹いてる。ここはただの史跡ではなく、本物の聖地だということを、風や緑が知らせてくれるようだった。

 名残惜しさを胸に本宮大社前バス停へと向かう。

 今日の中辺路歩きに想いを馳せながら、紀伊田辺へと帰るバスでぐっすりと眠りについた。

 ※この記事の内容は2019年執筆時のものです。熊野古道へのアクセスやルート情報は下記を参考に。

熊野古道の観光と山歩きを同時に楽しむ!おすすめルートのご紹介

6つの信仰の道からなる熊野古道。どこを歩くか迷う人も多いことだろう。  初めての人は、熊野古道でもっとも人気の高い中辺路ルートをおすすめする。ここでは、熊野古道の中辺路を1泊2日で楽しめるお手軽ルートや、交通アクセス、宿泊情報をご紹介しよう。  熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を総称して熊野三山と呼び、熊野三山をつなぐ信仰の道が熊野古道である。 ...

created by Rinker
¥1,760 (2020/06/03 19:59:25時点 Amazon調べ-詳細)

Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

\この記事はどうでしたか?/

-, 山レポート, 旅行
-

© 2020 Takashi Blog Powered by AFFINGER5