ライフ 革靴

コラム:誰も知らない靴業界の裏話4

 ほんの数年前まで靴作りを仕事にしていた。

 靴を作っていた、なんていう人は、なかなかレアな存在ではないかと我ながら思う。

 「私も靴作ってました……!」という人についぞお目にかかったことはない。そのぐらい、靴作りを仕事にするということは、世の中的には少数派であろう。

 だからこそ、実際に経験した人でしか知り得ない、面白いことが多々あった。

 これは、職人として働いていた日々の記録と、他では聞けない裏話。

前回の話はこちらを参考に。

祖父は靴職人

 私の祖父は靴職人だった。物心つくころに逝ってしまったが、祖父の記憶の断片が今でも頭に残っている。だが、靴職人であったことを知ったのは、私が靴メーカーに入社してからのことだ。

 「この工具、見覚えがある」

 私がSNSに投稿した靴の工具『ワニ』を見た父が、私にこう話しかけた。

靴職人を象徴する工具『ワニ』。名前の由来がその形状からであろうことが、容易に想像できる。

 祖父は兵庫県加古川市で靴屋を経営していた。終戦後に神戸で修行し、自分の店をかまえたらしい。靴屋といっても現代の靴屋とは違う。まだ既製品がなかったころの時代。靴は誂えるものだったのだ。

 顧客の注文を受け、1足の靴を仕立てる。仕立てた靴は修理をしながら大切に履く。これが当たり前。書籍によると、誂え靴が主流だったころの靴職人は大変儲かっていたのだそうだ。

 父は時々仕事を手伝わされ、祖父の取引先に集金に出向いていたらしい。父がまだ小学生のころの話だ。

 「お前が来たんじゃ、払わないわけにはいかないなぁ」

 年末の支払いを渋っていた取引先も、小学生の父が集金に行くと支払ってくれたそうだ。

 古き良き昭和の時代。

 どうやら私の体には祖父の血が色濃く流れているらしい。天の祖父の導きか、靴業界に身を置き、祖父の趣味だった狩猟の免許も気がついたら取得していた。

現場解散

 有名メーカーから表彰を受けるほど、現場はチームとしての団結力を発揮していた。だが、社長は面白くない。

 社長は会長の息子だ。もし2代目の人が読まれていたら、どうか気を悪くしないでほしい。でもあえて言うと、彼は典型的な2代目社長だった。

 現場の結束力が高まると、社内の荒が浮き彫りになってくる。以前は問題が起きると現場の責任にできたが、社長はそれができなくなってしまった。

 それでも何とか、会長から”プレゼント”された新規事業を成功させようと、製造業の経験者をつのり、彼らを囲った。自分より格上の工場長の存在が、煙たくて仕方がなかったことだろう。

 だが残念なことに、その社長は毎日デスクに座ったまま金の計算に精を出すばかりで、自らが価値を生み出す努力をする人ではなかった。”お父さんが何とかしてくれる”とでも、考えていたのであろう。

 ある日、工場長が社長に呼び出された。このとき、とある商品で問題が発生していたのだ。資材の発注量を間違えたばかりに、生産に支障をきたしていた。クライアントからの厳しい問い合わせが社内を騒然とさせる。この責任を、社長は工場長に追わせたかった。

 しかしだ。資材の発注は企画書を元に行われる。企画書を作成するのは社長の仕事。その企画書にミスがあったのだ。

 社長は工場長にあっけなく論破された。これを機に深まった溝は、最後まで埋まることはなかった。

 私は入社前から、この会社の新規事業が失敗することを予測していた。その事業とは、だれがどう考えても無理のあるプランに悪徳な銀行員がつけこみ、カモにしていただけの話なのだ。

 入社から3年が経過したころ。

 動きだした新規事業はやはりうまくいかず、既存の事業をとるか、新規事業をとるかの2択を迫られていた。この時点で私は会社を去ることを決め、さっさと別の靴メーカーの採用をこぎ着けていた。

 結局、私と工場長がいた現場は解散することになった。社長は2択から新規事業を選択したのだが……。その新規事業に携わるスタッフが業界未経験者ばかりと知ったら、クライアントはどんな顔を見せるだろうか。

 現在の私は靴業界から離れ、WEBライターとして生計を立てている。祖父には申し訳なく思うが、天国で会って話せば分かってくれることだろう。

 とはいえ、靴業界は狭い。情報は未だに私の耳に入ってくる。私が勤めたその会社はどうなってしまったか。ただただ「もう限界」という悲鳴が聞こえてくるばかりである。 

関連記事

  • この記事を書いた人

Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

\この記事はどうでしたか?/

-ライフ, 革靴

© 2020 Takashi Blog Powered by AFFINGER5