ライフ 革靴

コラム:誰も知らない靴業界の裏話3

2020年5月22日

 ほんの数年前まで靴作りを仕事にしていた。

 靴を作っていた、なんていう人は、なかなかレアな存在ではないかと我ながら思う。「私も靴作ってました……!」という人についぞお目にかかったことはない。そのぐらい、靴作りを仕事にするということは、世の中的には少数派であろう。

 だからこそ、実際に経験した人でしか知り得ない、面白いことが多々あった。

 これは、職人として働いていた日々の記録と、他では聞けない裏話。

前回の話はこちら。

 自称神戸No.1が会社を去ってから、現場の構造改革が始まった。工場長と奥様を中心に、腕のいい——この人こそNo.1ではないかと思えるぐらいの——ベテラン職人が加わり、私が補佐役にまわる。工場長が自らの会社で実践してきた、実績のある生産方法にシフトしていったのだ。

 この時期、会社の新規事業のために、他の製造業経験者も数名入社していた。彼らは靴業界こそ未経験だったが、大手製造メーカーでの知見を見込まれて、活躍を期待されていた。靴作りに対する情熱も持ち合わせており、まじめで勤勉な人たちだった。

 生産方法を改革するにあたり、まずは徹底的に基本を仕込まれた。工場長の「こだわるとは、基本に忠実に作るということだ」という理念のもと、朝から晩まで、みなよく働いた。

靴は手作り

 さて、私が作っていたのはオーダー靴ではなく既製品である。

 既製品と聞くと、オートメーション化された工場で機械により生産される、というイメージを持つことだろう。しかし、靴作りはそれが既製品であったとしても、手作りで生産されるのだ。

 靴の歴史が始まって以来、その連綿と続く歴史の中で培われた、いくつかの製法が存在する。その製法は2020年現在にまで受け継がれ、機械(例えばミシン)を使うとはいえ、その多くは手作業により仕上げられる。

 デザイナーが制作した型紙を元に、裁断師が革の良し悪しをチェックしながら裁断する。縫製師が裁断された革をミシンで縫い付け、底付け師(神戸でいう貼り場。私たち現場のこと)が最終的に靴に組み上げ、出荷する。

 生産する靴のデザインは多岐にわたり、夏場は秋冬に向けてブーツを生産し、年末が近づくにつれて、徐々にパンプスやサンダルなどの春物を生産する。1年のサイクルは概ねこのようなものだ。

 ただでさえ暑い8月に、スエードロングブーツを生産していた日には、資材を見ただけで暑苦しくて、目まいを起こしそうだったのを覚えている。

 生産する靴のデザインに加え、革の質感や材料もそれぞれに異なる。異なる革靴を生産するためには、一つ一つの作り方を体に覚え込ませるしかなかった。だからオートメーションで生産される工業製品とは、勝手が違う。

 このことに製造業経験者たちが戸惑っていた。マニュアル化できないことが、あまりにも多かったからだ。

 新しい仕事では、その度に試行錯誤の連続である。ときにはこっぴどく怒られることもあった。

 「目見えへんねやったら眼鏡しいや!!」

 これは長田の決まり文句。つまらないミスを犯すと、姉さん達からガミガミとどやされるのだ。

 「お前の人生が不良品じゃ!」

 あまりにも仕事ができなさすぎて、こんな風に言われる人もいた。その人は残念ながら、10人中9人がそう言われても仕方がないと思われる人だった。失礼ながら私はその言い回しが面白すぎて、笑いを堪えていた。

 文章だけ読むと「ずいぶん辛辣な物言いだな」と思われるかもしれないが、これは決していじめているわけではく、愛情あってのことだと付け加えておきたい。

 新しい仕事を覚え、失敗したらどやされて、それでもどうにかこうにか食らいついていくと、私だけではなく、全員の技量が見違えるほどに成長した。入社してから2年が経過したある日のことだ。

 「靴がしっかり仕上がっている」

 こう工場長から全員が褒められた。当時の同僚とずいぶん喜んだし、そのときのメンバーは、今思うと最強のチームだった。

 靴の仕上がり具合が格段に向上したこの年、受注を請け負っている、ある超有名ブランドから表彰を受けた。

 私は仕事にやりがいを感じ、毎日が充実してた。一生靴作りを続けるつもりだった。現場のメンバーも団結し、仕事終わりによく一緒に飲みにいった。

 だが、このことを良く思わない人物がいたのだ。

 「残業代はありませんよ」と、私につぶやいた社長である。

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  • この記事を書いた人

Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

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