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コラム:誰も知らない靴業界の裏話2

 靴メーカーで職人として働いた経験のある人って、なかなかレアな人材ではないだろうか。そのぐらい、靴作りを仕事にするということは世の中的には少数派であろう。

 だからこそ、実際に経験した人でしか知り得ない面白いことが多々あった。

 これは、職人として働いていた日々の記録と、他では聞けない裏話。

 前回の話は下記を参考に。

靴作りに携わっていた当時の私。

 今考えれば、神戸の靴業界はずいぶん閉鎖的だった。

 同僚はみな地元の人が多く、私のように別の業種——といっても靴の販売や修理の経験者であるが——から長田に来る人は極めて稀な存在だった。

 現在はその数も少なくなってしまった靴メーカーの中を、同じ人材がぐるぐると回転している。そんな世界だった。

 中には刺青を背負った人もいた。怒号が飛び交うことも、昔と比べてずいぶん穏やかになったらしいのだが、珍しくはなかった。

 それでも私がなんのつてもなく単身長田に飛びこみ、残業代も払わないような会社で働くことを決めたのは、工場長の人柄に惹かれたからだ。

 工場長とは面接で会ったのが初めてだ。現場の説明を受けながら、言葉もあまり交わさなかったように思う。

 ただ、その人からは靴作りにおける絶対の自信が全身から滲み出し、それでいて謙虚さと誠実さを兼ね備えていた。

 「この人に教われば間違いない」

 そう直感したのだ。そしてそれは間違いではなかった。

 工場長はかつて会社を経営しており、その会社で仕上がる靴には誰もが一目置いていた。関西のみならず、その名声は関東にまで聞こえていた。自他ともに認める一流の職人であり、経営者だったのだ。

 だが困ったことが起きた。

自称神戸No.1の職人が大勢

釣り込み前の木型と甲革。

 入社2日目、先輩方に挨拶をしてまわる。その中のひとりに、自分が神戸でNo.1の職人だと豪語する人がいた。

 「工場長ではなく俺が現場を仕切っている。だから俺についてこい」

 その職人は『トーラスター』を担当していた。トーラスターとは、縫製の上がった甲革を木型にそわせる『釣り込み』を行う機械のことだ。機械とはいえ、資材をセットしてボタンひとつで靴ができあがるかというと、そうではない。

 革の状態、木型の形状、釣り込み加減などあらゆる要素を考えながら、手で調整し、操作しなければならない。誰にでもできる仕事ではなく、トーラスターを操れる職人は周囲から尊敬の念を抱かれる、靴作りの花形的存在だった。

これがトーラスターだ。

 その職人は、どうやらトーラスターを担当していることが自慢だったようだ。しかし、である。

 私は学生時代に音楽を専門に勉強していた。平日だろうが休日だろうが関係なく、自宅やスタジオにこもって練習した。毎日8時間〜10時間は練習していた。毎日だ。

 それを3年も4年も続けると、すこしは物になるものだ。そうすると、初めて会った音楽仲間でも、演奏を聞かずとも会話の中でその人の力量がなんとなく分かるようになってくる。実力は言葉の節々、一挙手一投足に表れるものなのだ。

 このような経験があったから、自称神戸No.1の職人は”偽物”だとすぐに気がついた。このことを工場長に相談してみた。

「知らんふりして、はいはい言うとけ」

 どうやら、当時の現場は派閥によりふたつに分断されていた。工場長と、その偽物の派閥だ。

 工場長や会社もそのことに頭をかかえていたようだが、限られた人材で靴を納品して収益を得る、という目的の為に、渋々その職人を雇っていたようである。

 「厄介なところに来てしまった」

 入社2日目にしてため息をついたものだ。

 後で聞いた話だが、自称神戸No.1は大勢いるらしい。いわば”長田あるある”である。

 現に私も、靴メーカーを辞めるまでに4人の自称神戸No.1に遭遇し、その都度「はいはい凄いですね〜」と心にもないお世辞を述べ、それを聞いた当の本人たちは満足げな笑みを浮かべていた。

 すでに述べたが、神戸の靴業界は珍しいぐらいの閉鎖的な環境だった。彼らはその狭い世界の、その中のさらに狭い世界だけを見て自分を肯定しているらしかった。自慢話を聞かされるだけならまだいい。だが仕事はそうはいかない。

 その職人の失敗を、後の工程で処理しなければならなかったのだ。「俺が一番や」と自信満々にこなした仕事を何度やり直し、何度生産をストップさせたことか。

 自称神戸1番は『作業をこなすこと』を目的としていたが、仕事の目的は収益を得ることであり、商品をクライアントに納品することが目的である。

 まさか不具合のある靴を納品するわけにはいかない。

 不具合が発生する度に、会長自らがその職人に烈火の如く怒りをぶつけていた。

 立ちながらの叱責に疲れると、わざわざ椅子を用意してさらに罵声を浴びせる姿が逆におかしくて、私は必死に笑いを堪えていた。その会長は昨年、旅立ったと聞く。今となっては懐かしい思い出だ。

 入社して1年も経つころには、仕事もそこそこできるようになってくる。私とは別に、腕のいいベテラン職人も入社した。工場長も会社も、このタイミングを待ち望んでいたのであろう。

 自称神戸No.1はあっさりと解雇された。

 風のうわさによると、「俺は〇〇製靴で一番だった」という触れ込みで他のメーカーで勤務しているらしかった。

 ずいぶんと困らされたが、世の中にはいろんな人がいるものだと、これはこれで勉強になったのである。つづく。

Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

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