旅行

【ぶらり青春18きっぷの旅】大阪から石川県の名湯・加賀温泉郷へ

2020年8月29日

普通列車を乗り継いで、大阪から加賀温泉を目指す

 通路を挟んだ隣の席の乗客が、おもむろに折り紙作品をポケットから取り出し、窓枠に並べていった。歳は60代〜70代ぐらいだろうか。白髪頭の男性は赤い縞模様のシャツを羽織り、片手には缶コーヒーをにぎっていた。       

 今列車は、琵琶湖の西側、JR湖西線を北に向かって走っている。   

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 ちらりと横目をやると、その折り紙はかぶとが折られ、可愛らしいイラストも添えられていた。どうやら滋賀県のシンボル『彦根城』を意識してのことらしい。男性は満足そうに、折り紙と琵琶湖、交互に目を走らせていた。

 列車旅の楽しみは十人十色である。実に多様な楽しみ方があるものだと、このとき改めて感じた。かくいう僕もめぼしいスポットが近づくと双眼鏡を取り出し、車窓からの風景を楽しんでいる。はたから見ればちょっと変わった旅人であろう。

 左手には比良山脈が連なり、右手に見える琵琶湖は何度見ても雄大で、さすが日本一の湖だ。男性の前に座っている乗客は折り紙にも車窓にも見向きをせず、ポータブルDVDプレーヤーに釘付けであった。

現代の”旅”を味わえる青春18きっぷ

「2人分でお願いします」
「分かりました、2人分ですね」

 その日初めて乗車する駅で、青春18きっぷにスタンプを押してもらう。もう何度も経験した一連の動作が旅モードへのスイッチを入れてくれる。今回目指すのは、石川県の名湯『加賀温泉郷』だ。片道約4時間の列車旅である。

 僕の実家では、”家族旅行は電車で”というのが定番だった。父がJRに勤務していたからだ。現在はどうか分からないが、JRに勤務していれば社員は乗り放題と、まだ幼い僕に父が教えてくれた。社員の家族は一定の条件を満たすことで、割引価格で乗車できた。
 旅にかかる費用で大きな割合を占めるのは、宿泊費と交通費である。その交通費を安くできるのだ。父としては、家族旅行にJRを利用しない手はなかったわけだ。

 休日に父と外出するときも、やはり列車をよく利用していた。僕の地元、兵庫県小野市に走るJR加古川線が、まだ電化されずディーゼル車だったころのことだ。現在の加古川駅は近代的な建物だが、1階建てだったレトロな旧駅舎の姿が記憶の断片に残っている。

 数字を1から100までようやく数えられるようになったころ、加古川線の駅を全て答えられることが僕の自慢であった。そんな訳だから、僕の体内には多少なりとも”鉄分”が流れている。ライトな乗り鉄なのだ。

 青春18きっぷとは、JR線の普通列車・快速列車全線が、1日乗り放題になる特別企画乗車券のことである。毎年、春季・夏季・冬季の3シーズンに発売され、1日乗り放題を5回利用できる切符が、12,050円で購入できる。

 券売機で青春18きっぷを購入すると6枚のチケットが発行される。1枚は青春18きっぷ本体、もう1枚は領収書で、残りの4枚はきっぷの利用案内である。
 本体以外は捨ててしまっても差し支えがない。僕はいつも購入してすぐに利用案内を捨ててしまう。もう何度も利用して、その方法はおおよそ心得ているし、荷物は少しでも少なくしたいからだ。

 新大阪駅7時50分発、新快速敦賀行きに乗車した。満員電車ではないものの、大勢の通勤・通学客が乗車していた。
 だがそれも、京都駅、山科駅を通過するまでのこと。進行方向右手に琵琶湖が見えはじめるころには、通勤電車の殺伐とした雰囲気は消え去り、車内は缶ビールをプシュっと開けて一杯やりたくなるような旅情に包まれる。実際、僕のうしろの席からプシュッという小気味いい音が聞こえ、ご夫婦で楽しんでいるようだった。

 赤いシャツを着た白髪の男性は折り紙を前に満足そうだし、その向いに座る乗客はDVDを楽しんでいた。僕は僕で、移りゆく車窓からの景色を楽しんでいた。

 今日の宿は石川県南西部の『加賀温泉郷』にとってある。格安温泉旅館を運営する湯快リゾートと、GO TO トラベルキャンペーンを利用した格安旅行である。そこに青春18きっぷを加えれば、夫婦2人、2万円で旅ができる。

 とはいえ、大阪から石川県を目指すなら通常は特急列車を利用することだろう。途中で乗り換える必要もないし、2時間弱で到着できる。特急料金が特別に高価なわけでもない。    

 だがあえて青春18きっぷを利用し、途中下車で道草を食いつつ、4時間、5時間とかけて目的地に向かうのが、贅沢なのだな。
 新幹線や特急列車はどうも味気ない。移動の手段としては快適で便利でムダがないが……通り過ぎる景色が、あまりにも早すぎるのだ。

 現代の旅は——たとえ山旅であっても——前人未到の広野を行くことや、江戸時代のように故郷を離れ、命をかけた一世一代の旅に出ることはほぼ不可能だろう。交通網は整備され、旅先の大量の情報は嫌でも流れこんでくる。まだ見ぬ未開の地などありえない。観光地を効率よく巡ることを目的としたパックツアーが、現代の旅の代表と言えるだろう。

 だが、何のトラブルも起きない至極快適な旅なんて、旅と言えるだろうか……。

 時間はかかるし、多い乗り換えはちょっと不便で、リサーチ不足だと駅で1時間以上待たされることもざらにある。
 そのかわり、車窓の風景は琵琶湖をよく観察できるほどゆっくりと進み、乗り継ぎの時間があれば気ままに途中下車をして、その結果、時間に間に合わず駅でまた待たされることになる。

 こんな青春18きっぷの旅は、開発されつくした文明にちょっとした反旗をひるがえしているようで、パックツアーでは経験できない”旅”を味わえる手段として、僕は大好きなのである。

 新大阪駅を出発して、JR京都線・湖西線経由で敦賀に向かう。そこで北陸本線へと乗り換え、福井を経由し、加賀へ向かう。大阪から加賀温泉郷まで約4時間。遠すぎず近すぎず、ちょうどよい距離ではないか。

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途中下車で青春18きっぷを十二分に楽しむ

 右手に広がっていた琵琶湖も、マキノを通過するころには遠ざかり、近江塩津を過ぎるとすっかり見えなくなった。
 列車は湖西線から北陸本線へと入っていった。新大阪駅を出発したときには12両あった車両も、京都駅での切り離しで4両編成になり、敦賀駅で乗り換えるJR北陸本線福井駅は、ついに2両編成となった。

 敦賀から武生までの区間は、乗降客はほんのわずかだった。琵琶湖を離れ、山間の沿線を走っていると、やがて右手に眼鏡の赤い看板が目に入った。眼鏡の街、鯖江である。
 鯖江を過ぎてからにわかに車窓の風景が活気づき、街並みは都市へと変化していった。

 予定では加賀温泉駅に午前11時46分に到着する。加賀温泉駅周辺で昼食を、とも考えたが、宿のチェクインまでには時間があるし、周辺にめぼしい観光スポットはなさそうだった。
 そこで青春18きっぷの醍醐味、途中下車を福井駅で楽しむことにした。

 青春18きっぷは1日乗り放題の切符である。通常の切符ではできない、途中下車もし放題だ。気なる駅があったら途中下車してみる。これこそ、ただ安く移動できるだけではない、青春18きっぷの魅力である。

 福井駅で下車して、まず目に入るのが恐竜のモニュメントだ。福井県勝山市で発見された、中生代白亜紀に日本に生息していた恐竜『フクイラプトル』が有名で、恐竜の化石が多数発掘されたことから、福井は恐竜王国と呼ばれている。
 駅構内には、椅子に座り、白衣を着て学者にふんしたフクイラプトルの像が多数展示され、駅前広場にも大きな3体のモニュメントが展示されていた。
 その一方で、ガラス張りの近代的な商業施設『ハピリン』のすぐそばには路面電車『福井鉄道』が走り、駅周辺は近代化しつつも、どこか懐かしい情緒を残している街だ。

 福井県は中部地方の日本海側に位置し、古くから畿内と北国、あるいは日本海の対岸にある大陸との交通の要地であった。1575年(天正3年)に柴田勝家が越前一向一揆を壊滅させ、織田信長から越前8郡を与えられことで、北庄(きたのしょう)、現在の福井市に城を築いた。このときはじめて、福井市に都市が建設されたのだ。

 柴田勝家なき後、北庄城は福井城に受け継がれて発展してきた。現在、北庄城跡には柴田神社が建立され、福井城跡には福井県庁が建つ。
 なるほど、城は政治を行う場所だから、その跡地にも政治の拠点というわけだ。いずれも石垣が残されているので、城や歴史ファンは必見である。

 さて、福井駅から加賀温泉駅までのJR北陸線・普通列車金沢行きは、1時間に1本しかない。福井駅に到着したのが午前10時49分。2時間の昼食・観光時間をとり、14時10分発の列車に乗車しよう。少し早いが、まずは腹ごしらえである。

福井名物ソースかつ丼

 福井県の名物はいくつかあるが、やはり越前そばやソースかつ丼が有名だ。駅前には多くの土産屋や飲食店が並び、ソースかつ丼の看板を掲げている。
 その中のひとつ『八兆屋』に入店した。そばとソースカツ丼のセットが、福井の定食の定番のようだ。

 かつ丼といえば、サクサクの豚かつを玉子でとじたものが一般的だろう。だが福井でかつ丼といえばソースかつ丼であり、玉子でとじたかつ丼は『玉子かつ丼』と呼び分けられている。
 僕の知っているソースかつ丼はキャベツや半熟玉子がトッピングされているものだが、ソースかつ丼の発祥は福井と言われ、そのかつ丼は揚げたての豚かつにウスターソースベースのタレをまぶしたのみの、シンプルな丼だ。

 八兆屋のソースカツ丼は丼ぶりにタレをまぶしたご飯が盛られ、その上にタレがよく絡んだ、カットされていない大きなトンカツが3枚、贅沢に盛られていた。カツのころもは細かい。当然ながら、秘伝のタレの味は店ごとに異なる。シンプルで素朴な味わいのソースカツ丼の味比べを、福井駅周辺でやってみるのも面白いかもしれない。

 セットの越前そばは、よく冷えたそばにカツオ、ネギ、わさび大根おろしが添えられていた。わさびが効いた大根おろしがカツやソースをさっぱりと食べさせ、ものの5分で完食してしまった。福井駅前、ハ兆屋の『ソースかつ丼とおそばの膳』。税抜き900円なり。

 お腹も満たされ、柴田神社や福井城跡を見学して駅に戻ると、14時少し前だった。ホームに停車していた14時10分発の金沢行きに乗車し、約30分で加賀温泉駅に到着した。

 宿に到着したら、とりたててやることもない。この旅の大きな目的は、青春18きっぷを利用して、鈍行列車で旅をすることなのだ。
 すでに目的を達成した僕は、露天風呂につかりながら温泉郷の日が暮れていくのをぼんやりと眺めていた。外からは鈴虫の音色が聞こえてくる。温泉郷の静かな夜は、ゆっくりと更けていった。

参考ダイヤ & 書籍

  • 07:45 大阪駅発 JR京都線新快速・敦賀行
  • 09:50 敦賀駅着
  • 09:53 敦賀駅発 JR北陸本線・福井行
  • 10:49 福井駅着
  • 11:13 福井駅発 JR北陸本線・金沢行
  • 11:46 加賀温泉
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※この記事の情報は2020年8月掲載時のものです。

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Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

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