8時27分、新大阪駅発・新快速長浜行。
いきなりトラブルに巻き込まれた——ただの準備不足だ——おかげで、予定より出発が30分ほど遅れてしまった。
しかし京都駅を過ぎると、殺伐とした通勤ラッシュも落ち着き、クロスシートかつ乗車率の低い車内は快適そのものだ。大津、草津、彦根と列車は進み、のんびりと車窓の景色を眺めていると、朝のドタバタをすっかり忘れ、人流の中に消えた旅情が再び芽生えてくるのを感じる。ああ、僕は今、鈍行列車で旅をしているのだ。
米原駅9時47分着。
ここでJR東海道本線・大垣行に乗り換える。「クモハ311-4」、シルバーのボディーに白い顔、オレンジ色のストライプが入ったレトロな車両だ。
10時32分大垣着。
再び列車を乗り換え、名古屋駅に到着したのが11時13分。岐阜駅を過ぎたあたりから、少し雨が降り出していた。
名古屋名物みそかつ
なんとか名古屋にたどり着いた。
ここでの最大のミッション、「買い忘れた青春18きっぷを探さなければならない」が、その前にまず腹ごしらえだ。
改札をくぐって駅地下街へ。向かった先は、名古屋名物「みそかつ」を食べさせる「矢場とん 名古屋エスカ店」。矢場とんは創業60余年の老舗である。
店先には矢場とんのキャラクター、まわしを締めた大きな豚のマスコットが飾られている。ほう、こりゃ丸々と太ってうまそうな豚だ。
「いらっしゃいませ、さぁどうぞ」
愛想のいいお母さんが席へと案内してくれる。店内は日本の大衆食堂然とした佇まいで、最近流行りのおしゃれな内装だとそわそわして落ち着かない僕でも気兼ねなく入店できる。明るく活気のある店内は、まだ昼前にもかかわらず満席に近かった。
さっそく矢場とん名物「わらじとんかつ定食」を注文する。1,800円なり。
しばらくして、まず定食のご飯と味噌汁が運ばれ、続いてたっぷりの千切りキャベツが添えられた、揚げたてのとんかつがテーブルに並んだ。
——でかい。
でかいぞ、これは。
お察しのとおり、わらじとんかつの“わらじ”とは、履物のわらじに由来する。目の前のとんかつはさすがに実際のわらじ大には及ばないものの、通常の1.5倍、いや2倍ぐらいの大きさはあるのではないか。そして、そのとんかつに秘伝のソースがなみなみと注がれてゆくのである。
とくとくとくとくとくとく。
まだ注ぐ。
とくとくとくとくとくとくとくとく——
まだ注ぐ?
いや、ちょっとかけすぎじゃあるまいか。濃すぎやしないか、辛くはないか。「昨年そろって大病を患ってねぇ」なんて老夫婦がこれを食べたらそのままぽっくり逝ってしまいやしないだろうか、などと余計な心配をさせるほど、それはもうたっぷりとソースが注がれるのである。
これはだいぶ重たいだろうな……。
内心身構えながら、ひときれ口に運んでみる。
あれ、何これ、ちょうどいい。
えっ、なんで?
濃くない辛くない、いい塩梅じゃないか!
だって考えてみてほしい。
とんかつとソースって、割とくどい部類の食べ物でしょう?
それなのに、胸焼けを起こしてしまいそうなぐらいの大量のソースが、揚げたてのとんかつと実にマッチしているのである。これが老舗のなせる業なのかと、思わず唸ってしまうほどうまいのだ。
テーブルにはカラシ、すりごま、七味の薬味に加え、大根、きゅうり、白菜の漬物が用意されている。手前と奥、2列に並んだとんかつの、1列目は全ての薬味を味わう。合間につまむ漬物が、口の中をさっぱりとリセットしてくれる。
残る1列は、僕が気に入ったカラシ+すりごまの組み合わせでガツガツと腹の中にかきこんでゆく。大変おいしく完食しました。
「矢場とん以外のみそかつは食えたものじゃない——」
隣の席のサラリーマン風のグループから、そんな会話が聞こえてきた。12時を少し回り、僕が勘定を払うころには、店先に行列ができあがっていた。
青春18きっぷを探せ!
みそかつを食べ終えてすっかりご機嫌になった僕は、朝の失敗を取り返すべく、雨の中、金券ショップを探し回った。きっと余った青春18きっぷがどこかに売られているだろう。
「すみません、売り切れです」
1軒目ははずれだった。
2軒目、
「あいにく売り切れです」
おかしいな、手に入らない。
例年なら大抵の金券ショップには売られているのに。
やはりコロナ禍の影響だろう。例年60万から70万枚を売り上げる青春18きっぷだが、2020年度の販売枚数は激減しているに違いない。
雨足がますます強くなってきた。