第20回六甲縦走キャノンボールラン

ライフ 六甲・摩耶

六甲縦走キャノンボールランーー敗退記ーー

2019年3月25日

 2019年3月24日は、それまでの天候と打って変わり晴天に恵まれ、絶好のトレラン日和となった。東六甲縦走路から時折望める、宝塚や有馬方面の眺望が実に素晴らしい。澄み切った春の空気は、山々の輪郭をいっそう引き立ててくれる。

 大勢のランナーに囲まれながら、東六甲縦走路を駆け上がっていた。スタートから約1時間20分程度で、六甲山最高峰すぐ下の一軒茶屋に到着。ペースは上々で、このまま走れば目標の7時間切りは達成できそうである。

目次

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多くのランナーを魅了する草レース「キャノンボールラン」

六甲縦走 キャノンボールラン
塩尾寺下広場に集まるランナー。

 午前7時。

 塩尾寺の下広場には、ざっと数百名のランナーが集まっていた。これから始まる六甲縦走キャノンボールラン、SPEED(片道56km)の部に参加する面々だ。なぜだろう。周りのランナーは、皆自分より速く強いランナーに見えるし、実際にそうなのかもしれない。

 塩尾寺は六甲山への登山口で、六甲全山縦走路へと続いている。

 兵庫県神戸市の背後にそびえる六甲山域は、西は須磨から東は宝塚まで続き、全山縦走路は公称56kmに及ぶ。六甲山は近代登山の発祥の地とされ、大正から昭和初期に活躍した登山家たちが、高みを目指してトレーニングに励んだ場所である。

 六甲縦走キャノンボールランは、全山縦走路をいち早く駆け抜けた者が勝者だ。エンジン以外は何を使ってもよい。マウンテンバイクを担ぎながら参加する猛者もいる。コースも正式に定められているわけではなく、決められたピークを踏めばいい。

 エイドではもれなくお酒が用意され、他ではお目にかかれない面白エイドが出店する、お祭りのようなレースである。

六甲山の山上を快走する

六甲縦走 キャノンボールラン
六甲山最高峰、一軒茶屋付近からの1枚。

 一軒茶屋からは、ロードとトレイルが入り混じった山上のコースを走る。ロードを走るかトレイルを走るかの選択はランナーに委ねられており、どのコースを選ぶかで、距離や累積標高に差がつく。

 事前に調べた最良のコースを、スマートフォンの地図で確認しながら快走した。手に持って走っても負担にならないスマートフォンは、地図の確認に、大いに威力を発揮した。

 標高はわずか800m程度だが、やはり都市部に比べて空気は澄んでいるのだろう。山上からは街や海の景色がよく見え、海、街、山の近さを改めて感じる。まばゆいばかりの眺望を楽しみながらのランは、最高に贅沢な時間であった。

 六甲ガーデンテラスをすぎ、神戸ゴルフクラブを駆け抜け、摩耶山へと続くロードをひた走る。このあたりは本当に調子が良かった。計画通り、45分おきに100Kcalのジェルを補給し、ドリンクも少量ずつ口に含む。

 体のエンジンが完全に動き出した。とはいえ、スタートから約2時間が経過しており、とんでもないスロースターターである。ただし、不安がなかったわけではない。

 大会の約1ヶ月前。単独で六甲全山縦走を走り終えた後、左膝に違和感を覚えたのだ。昨年、右膝を故障した時の痛みに似ている。多分ランナー膝(長慶靭帯炎)だろう。接骨院に通いながらも、40km走2回と、トレイルの20km走を数回こなし、練習を続けてきた。多少痛むものの走れないわけではない。

 さらに、この日はサポーターを装着し、万全の体制で挑んでいた。

六甲全山縦走路の核心へと向かう

第20回六甲縦走キャノンボールラン
キャノン〜♪ ボール〜♪ 摩耶山山頂、掬星台エイドでは「山登りミュージシャン」がキャノンボールランのテーマソングを歌いながら迎えてくれた。

 午前10時30分。摩耶山のエイドで少し休憩し、10時40分に出発。再び全山縦走路へと足を進める。ペースは予定通りだ。後半を4時間で走破できれば6時間台でのゴールを達成できる。

 だが、ここからが全山縦走路の本番である。

 摩耶山を下山し、再度山(ふたたびさん)から鍋蓋山へと登り、菊水山、丸山台の市街地、高取山、須磨アルプスへとアップダウンが続くのだ。通常は休憩ゾーンであろう市街地も、そこは「坂の街・神戸」である。住宅街といえども急な坂道が続き、ランナーやハイカーを苦しめる。

 摩耶山から天狗道、稲妻坂を下り始めると、にわかに左足が痛み出した。左足に体重を乗せると、大きなハンマーで、左膝の外側を思いっきり叩かれるような痛みを感じる。なんとかごまかしながら摩耶山を下山するが、それ以降、痛みをこらえながらの我慢の走りとなった。

3分間の葛藤の末に

六甲縦走 キャノンボールラン
鍋蓋山での1枚。この先の高取山や須磨アルプスを望む。

 市ケ原の小川を渡り、再度山、大龍寺への登りへ向かおうとすると、視界の端に見覚えのある顔が映った。なんとランニングクラブのメンバーが、サプライズ応援に駆けつけてくれているではないか。

 相手に引かれるぐらいのハイタッチをかわし、記念撮影。元気をもらって鍋蓋山方面へと向かう。

「なんとか走り切りたい」

 そう思ったのもつかの間、鍋蓋山の登りで完全に走れなくなってしまった。まだ20数キロしか走っていない。体力は十分にある。ただ、着地の瞬間だけではなく登りでも左膝がズキズキと痛み始めた。その時はじめて「リタイア」の文字が頭をよぎる。

 その瞬間、これまでの人生で受けた叱咤激励の言葉が次々と脳裏に浮かんできた。

 なぜだか、中学生の部活動での記憶が鮮明によみがえる。あまりに練習がきつくて、泣きながらバスケットコートを走り周ったのが懐かしい。

「あきらめたらそこで試合終了ですよ?」
「痛みに耐えろ」

 バスケ部の恩師から厳しく鍛えられていなければ、今の私はなかっただろう。針治療を受けながら、三年生最後の試合に挑んだものだ。死ぬ前の走馬灯とは、このような感じなのだろうか?

「きっと、この何倍もの思い出が押し寄せてくるんだろうな……」

 そんなことを考えながら、12時まえには鍋蓋山の山頂に到着した。エイドでコーラをいただき、いざ鍋蓋山を下り始めるが、駄目だ、下れない。左膝は走るとズキズキ、歩くだけでもゴキゴキと違和感を感じる。左足のみならず、全身が全力で”ストライキ”を仕掛けてくる。

 こういう場合は、深呼吸をしてひとまず落ち着くべきだろう。山中で冷静さを失うと危険である。コースから少し離れ、邪魔にならない場所に腰を下ろした。

 タンクトップの上に防風のレイウウエアを着ていて暑いぐらいだったが、動かないと急激に体が冷え始め、急いで防寒着に身を包む。落ち着いて周りを見渡すと、座った場所はなかなか眺望の良い場所だった。我ながら良い場所を選んだものだ。

 目線を前に向けると、これから登る菊水山は目の前にそびえ、遠くには高取山、その先の須磨アルプス、さらに明石海峡大橋がうっすらと見えている。レースとはいえ、せっかく山に来たのだから、ゆっくりと眺望を楽しむ時間があってもいいだろう。

 遠くを眺めながら、歩いてでも完走すべきか、しばし考えた。

 これまでに数百回は全山縦走路付近を歩き、走ってきた経験値と、日頃から「山と高原地図」を穴が空くほど見ている私は、鍋蓋山からゴールの須磨浦公園までの、およそのコースタイムを瞬時に計算できた。

 通常でも歩いて5時間程度はかかるだろう。故障した足を引きずっていては、どうやら明るい内にゴールできそうにない。応援してくれた方達には本当に申し訳ないが、やむなく折り返し、三宮方面に下山することを決めた。

 腰を下ろしてから、この間、3分での決断であった。

リベンジを誓い帰路につく

六甲縦走 キャノンボールラン
第20回六甲縦走キャノンボールランのゼッケンと記念ステッカー。

 来た道を戻りながら、多くのランナーやハイカーとすれ違う。息を切らしながらゼーゼー走っていて、決して楽ではないはずだ。それなのに「こんにちは」と声をかけながら、みな爽やかな笑顔で駆け抜けていく。

 ランニングをやらない人からすれば、なぜお金を払ってまで苦しい思いをするのか……と理解できないことだろうと思う。多くの人にとって、ランニングは3kg痩せるための苦痛な20分でしかない。では、何が楽しくて走っているのかと聞かれれば、返答に困るのが正直なところだ。

 しかし、ただ辛いだけでは「爽やかな笑顔で駆け抜けていく」ことなんてできないだろう。ランナーの心をつかむ何かがあるのだ。多くのランナーの笑顔に励まされつつ、70歳の男性クライマーが、足を引きずっている私に声をかけてくれた。

 なんでも、日頃から芦屋のロックガーデンで鍛錬をつみ、日本アルプスの岩壁を登りに行くのだそうだ。山談義に花を咲かせながら一緒に下山するころには、すっかり気分は晴れていた。

 山は逃げないし、故障は治せばいいのだ。次回は必ず。

 リベンジを心に誓い、阪急電車の中で眠りについた。

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Takashi

元靴メーカー勤務の職人、現在はWEBライターとしてアウトドア系メディアで執筆しています。靴業界での10年以上の経験、趣味のアウトドア経験を活かして書きます。大阪府山岳連盟「青雲会」所属・読図ナヴィゲーションスキル検定「シルバーレベル」・2018年「狩猟免許」取得・ランサーズ「認定ランサー」・フルマラソンベスト3時間29分。

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