近畿の最高峰は八経ヶ岳である。奈良県・大峰山脈の主峰であるその頂は標高1915m。多くの登山者が訪れる一方で、そこは修行の場として今なお厳しい行を勤める修験者にとっての神聖な場所でもあるのだ。
さて、近畿の山々は最高峰でも2000m足らずなのだから、その多くが日帰りで楽しめる。今回ご紹介する武奈ヶ岳もコースによっては日帰りできるが、関西近郊でテント泊を楽しめる山を考えたとき、武奈ヶ岳は最適な山だ。ただし武奈ヶ岳にはテント場がない。
そこで、武奈ヶ岳でテント泊登山を楽しむ方法を、登山レポートとしてまとめてみた。登山コースや装備例もご紹介するので、ぜひ参考に。
目次
武奈ヶ岳へのテント泊登山コース例
- 歩行距離:12.5km
- 武奈ヶ岳標高:1214m
1日目
- イン谷口
- 大山口
- カモシカ台
- 北比良峠
- 八雲ヶ原
- コヤマノ分岐
- 武奈ヶ岳
- コヤマノ分岐
- コヤマノ岳
- 金糞峠(宿泊)
2日目
- 金糞峠
- 北比良峠
- カモシカ台
- 大山口
- イン谷口
比良山脈は琵琶湖の西側に位置する南北に細長い山脈である。地図で見ると、山脈がYの字に見えてなかなか面白い地形をしている。Yの字の中心あたりにある金糞峠(かなくそとうげ:なんて名だ……)を境に、南側を南比良、北側を奥比良、琵琶湖側をリトル比良と呼び、地元や関西のハイカーに親しまれている。
武奈ヶ岳は比良山脈の最高峰であり、その標高は1214m。関西では珍しい高層湿原『八雲ヶ原』や、ブナ林に覆われたコヤマノ岳など見所には事欠かない。積雪期には樹氷を楽しめるなど、四季を通じて登山者を魅了する山である。
今回はイン谷口から北比良峠、八雲ヶ原を経由して武奈ヶ岳を目指す。金糞峠周辺で1泊し、再びイン谷口に戻るコースを歩いてきた。
武奈ヶ岳テント泊登山レポート

イン谷口周辺は緑が陽光に照らされてまぶしかった。こんな風景ならいつまで眺めていても飽きない。近くには小川が流れ、駐車場付近ではデイキャンプを楽しむ多くの家族連れの姿が見られた。周囲には9月の半ばを過ぎたのにセミの鳴き声が聞こえてくる。そういえば、比良駅では夏鳥のツバメの姿がまだ見られたなぁ。秋を迎えて、もうすぐ南へと渡っていくことだろう。

イン谷口から大山口へとアスファルト道を歩き、そこからが登山道の始まりだ。川を渡り、急な登山道を登っていく。久しぶりのテント泊装備が肩に食い込んだ。
カモシカ台で小休憩をとり、先へと向かった。北比良峠までは急な上りが続き、樹林帯の中だからあまり展望も望めない。イン谷口から約2時間の登りは我慢である。
北比良峠から八雲ヶ原湿原へ

急な登山道を登りきると開けた場所に出る。北比良峠だ。
標高970mからの眺めは素晴らしく、この日は少々モヤがかかっていたが、琵琶湖の大きさを確認できるぐらいのパノラマ眺望が広がっている。
後から来た登山グループが「わぁー!!」と感嘆の声を上げ、思いおもいに記念撮影をしていた。

北比良峠で小休憩をとり、八雲ヶ原湿原へと向かった。日本百低山によると、以前は北比良峠に『比良ロープウェイ』が運行しており、武奈ヶ岳の玄関口としてにぎわったようだ。かつての八雲ヶ原には食堂やキャンプ場があり、そのことが北比良峠の古い案内看板からも見てとれた。

現在はロープウェイが廃止されているが、湿原の木道歩きがこの山行の楽しみのひとつであった。「尾瀬のような、さぞ美しい景色が広がっているのだろう」と期待していたから、いざ八雲ヶ原に到着して拍子抜けした。木道が朽ち果てて通行止めだったのだ。
少々がっかりしたが、八雲ヶ原とヤクモ池周辺に湿原があることは確かで、関西でこのような景色を楽しめるのは珍しいことだろう。しばし池のほとりで休憩しながら、双眼鏡で野鳥や景色を観察して楽しんだ。
八雲ヶ原から武奈ヶ岳

八雲ヶ原を出発すると、再び急登の登山道を歩き始めた。日差しはあるが、1000m近い標高と秋の足音のおかげで気温は涼しく、ツラくはなかった。なにより振り返るとここまで歩いてきた尾根や琵琶湖の景色を一望できるのだ。
コヤマノ分岐を通過し、少々崩れかけた最後の急登を登ると武奈ヶ岳の頂上である。もともと人気の山であり、シルバーウィークとの兼ね合いで山頂広場には50名ほどのハイカーがいた。ちょうど昼過ぎに到着したこともあり、みな昼食をとったり記念撮影をしたりして過ごしている。

武奈ヶ岳の頂上は視界を遮るものがなく、360度の展望が広がっている。面白いのは比良山脈のYの字を確認できることだ。
武奈ヶ岳は山脈の中央近くに位置し、最高峰でもある。そのため、南比良方面や奥比良、リトル比良方面の地形までしっかりと見渡せる。地形図と見比べて「本当にYの字だ」と納得すると、なぜたか妙にうれしくなった。
金糞峠でテント泊
冒頭で少し述べたが、比良山脈の山中にはテント場や一般利用できる山小屋もなければ、トイレや水場もない。テント泊山行の場合、最低限、水を確保できる平らな場所であることが望ましい。武奈ヶ岳周辺で考えると、八雲ヶ原や金糞峠周辺がテント場として利用されているようだった。
私が選んだのは金糞峠の北にある沢。この沢の水は煮沸するか浄水器で濾過すれば——自己責任で——利用できるし、地形図を見るとそこは平で、テントを張るのによさそうだった。何より、山岳会の先輩から金糞峠周辺の情報をもらっていたのが大きかった。
武奈ヶ岳からコヤマノ分岐、コヤマノ岳を経由し、金糞峠手前まで下る。途中、踏み跡が不明瞭な場所があったから、尾根の乗り間違いには注意したい。


金糞峠のすぐ北の分岐に到着すると、なるほど、沢はあるしテントを張るのにちょうど良さそうな場所だ。一箇所、ファイヤースポット(焚き火跡)があり目印の看板があった。もし焚き火をするならこの場所で、ということだろう。

14時30分に到着し、さっそくツエルトの設営にとりかかった。樹林帯の中であるからポールは必要ない。木々を利用してロープワークで設営した。ツエルトの出入り口にポールがあると邪魔だから、私はこのスタイルがもっとも好きだ。風にも強い。

ツエルトで休憩し、それから明るい内に夕食の準備をした。今日のメニューは豚キムチ鍋だ。
すぐそばの沢で水を用意し、ジェットボイルで湯を沸かす。持参した少しの調味料と、山中で食べる生鮮食品を利用した山飯は、なんとも贅沢な気分にさせてくれた。
さて食事を終えるとやることがない。読書でもするか……と文庫本を取り出すも気分がのらない。もちろん圏外だからネット利用もできない。ずいぶん時間を持て余してしまった。次からはラジオでも持ってくるか。
それにしても、今日は連休の最終日だ。このテント場も私ひとりしかいない。いや、もしかしたら私の半径数キロ以内に人がいないかもしれなかった。武奈ヶ岳の夜を独り占めしている——。そう考えると愉快な気分になってきた。
虫の声と川のせせらぎを聴きながらそんな妄想をしているうちに、気がついたら外が眩しくなっていた。どうやらよく眠れたようだ。

翌日は7時起床とかなり寝坊してしまった。顔を洗ってさっさっと撤収し、また北比良峠へと歩いていった。
北比良峠からの景色は昨日と同じで、琵琶湖一帯を見渡せた。今日はこのままイン谷口へと帰るだけだ。北比良峠で朝食をとりながらゆっくりと過ごし、再びイン谷口へと下っていった。
武奈ヶ岳へのアクセス
- JR湖西線『比良』下車 若江交通比良登山線『イン谷口行き』イン谷口下車(注意!:「春分の日」~12月第一日曜日間 土休日運行)
- イン谷口のグーグルマップ
武奈ヶ岳周辺の温泉・天然温泉比良とぴあ

イン谷口から比良駅の中間あたりに『天然温泉比良とぴあ』がある。イン谷口から徒歩約20分、そこから比良駅まで約20分と少々歩くが、面倒でなければぜひ立ち寄りたい。こじんまりとした温泉だったが露天風呂やサウナも完備している。温泉のほか、レストランで食事やビールも楽しめる。
- 住所:〒520-0503 滋賀県大津市北比良1039-2
- 入浴料:大人610円〜
- 営業時間:10:00〜21:00
- 定休日:年末年始および不定期
- 詳細は天然温泉比良とぴあで確認
武奈ヶ岳テント泊登山の装備例
最後に私の備忘録も兼ねて持参した装備をご紹介して締め括りたい。武奈ヶ岳登山の参考になれば幸いである。『ご紹介!1泊2日のテント泊の代表的な装備例』も参考に。
テント・寝具
- シュラフ・イスカウルトラライト
- ツエルト:スーパーライトツエルト ・張綱・ポール・ペグ
- マット:リッジレスト
雨具
- モンベル:ストームクルーザージャケット上下
- 折りたたみ傘
- レインカバー
- 保温用ダウン
- 長袖シャツ・ズボン
- 着替え
食料・バーナー
- バーナー:ジェットボイル 0.8L 予備ガス缶
- ささみプロテインバー6パック12本
- 行動食・ピーナツ90g×3パック
- 調味料(塩・顆粒だし・しょう油)
- 豚肉300g+キムチ(冷凍して持参)
水
- プラティパス2リットル
- 500mlペットボトル
- 浄水器(ソーヤーミニ:水場がなく沢の水を利用するため必須)
生活用品
- 歯ブラシ・汗拭きシート・メガネ・コンタクトレンズ2日分・日焼けどめ・ロールペーパー
緊急用装備
ナビゲーション
撮影道具
観察道具
- 双眼鏡(6×30)
- 筆記具(フィールドノート・鉛筆)
- ルーペ
バックパック
- アライ:グランクロワール55L+10