計画を立てるそのときから、すでに登山は始まっている。
登山者を魅了する見事な眺望に思いを巡らせつつ、地図でコースや起伏を確認する。
「時間はどれぐらいかかるだろう」
「アクセスはどうしようか」
念入りに計画を立て、それらをまとめた書類が登山計画書だ。有事の際の手がかりとなるため、なるべく提出しておきたい。
しかし「登山計画書なんて作ったことがない」という人も多いことだろう。
そこで本稿では、具体的な登山計画書の作り方を知りたい人のために、その方法や使い方をご紹介したい。
目次
登山計画書とは
登山計画書とは、登山計画に必要な目的地や予定ルート、メンバーの連絡先、装備などを、計画書という形でまとめた書類のことである。登山届や入山届とも呼ばれている。
登山計画書はメンバーとの登山計画共有のほか、遭難時の捜索や救助活動の手がかりに活用される。
詳しくは後述するが、作成した登山計画書をメンバーや家族と共有し、登山口の提出ポストや警察署に提出するのが一般的な使い方だ。
なぜ登山計画書が必要か

登山計画書は、登山者自身の十分な準備と安全な計画立案のため、そして、万が一の遭難時に迅速な救助活動を行うために必要である。
日本の山は一部の地域を除き、原則無料で許可なく登れる。そのため、登山計画書の提出は任意である。ただし、次のように登山計画書の提出を義務づけられている山域もある。
例えば、2017年に山梨県で『山梨県登山の安全の確保に関する条例』が制定・公布された。そして2019年12月からは、富士山、八ヶ岳、南アルプスの一部の山域での冬季登山において、登山計画書の提出が義務化された。
山梨県によると、この条例は登山の安全に関する知識の普及や意識の啓発、情報の提供、登山の安全の確保のための環境整備などを目的に制定されたのだそうだ。
その中で『登山の安全に関する知識の普及や意識の啓発』という部分に注目してみよう。
登山計画書は計画を立てなければ作成できない
登山計画書を作成するには、綿密な登山計画を立てる必要がある。
目的の山を決め、地図を読みながらルートやアクセス方法を選び、装備や食料にいたるこまごまとした部分まで考えなければ、登山計画書は作成できない。
つまり、登山計画書を作る段階で、登山の予習ができるのだ。
予習の中で、登山は危険があるスポーツであることを改めて認識できる。予習をすることで十分な準備と危険回避のための努力をし、安全に配慮した計画を立てられる。
登山口に到着して初めて地図を広げるようでは、その登山は失敗だと言っても過言ではないだろう。事前に登山計画書を作成することで、登山の安全に関する知識を学び、意識の啓発ができるのだ。
山岳遭難の防止
登山計画書を提出していれば、有事の際の手がかりになる。少しでも高い確率で、迅速な救助活動ができるだろう。
もし登山計画書を提出せず、家族や友人に「週末に山に行く」とだけ伝えていたとしよう。そして、月曜になっても本人は帰宅せず、遭難が発覚したとする。
だが、家族や友人は「山に行く」としか聞かされていない。いったいどこの山に出かけたのだろう……。救助活動が難航することは想像に難くない。
だから登山計画書の提出が大切なのだ。
どこどこの山に、どのような予定で登るのか。それが分かれば捜索の的を絞りこめ、救助される確率はぐっと高くなる。
とはいえ、登山計画書そのものに遭難を防止する機能はない。登山計画書を提出すれば遭難しない、というわけではないので、この点は肝に命じておきたい。
登山計画書の作り方と検討すべきこと

ここからは登山計画書の作り方をご紹介しよう。
登山計画書の作成には、何をおいても情報収集が大切だ。装備やルートなど検討すべき事がたくさんある。その中でも大切な、3つのことをご紹介しよう。
1.山の難易度
目的とする山の難易度は、真っ先に検討すべき事柄である。
「はたして自分に登れるだろうか——」このように自分やメンバーの実力と山の難易度を照らし合わせ、危機感や恐怖心をもって考えることが、登山計画書作りの第一歩だ。
山の難易度を決める要素はさまざまある。
- 標高や標高差
- コースの距離
- 装備の重量
- 岩場や鎖場の有無
- 迷いさすさ
これらを数値化し、山の難易度を定めた『信州山のグレーディング』やガイド地図、登山雑誌の記事などを参考に、目的地を決定しよう。ガイド地図の代表は、昭文社が刊行する山と高原地図だ。
ただし、ガイドブックや登山雑誌の記事は多少なりとも著者の主観が入るため、個人差が生じてしまう。最終的には集めた情報をもとに地図を読み、自分で判断することが大切だ。
2. ルート選択と行動時間の把握

目的の山が決まったら、どのルートで登るのかを決めよう。たいていの山には複数の登山道が走っており、実力に応じたルートを選択したい。
ルート選択にはガイドブックや登山地図を活用する。これらにはコースタイムが記されているから、時間を計算し歩行時間を予測しよう。
さらに休憩時間も考慮し、歩行時間を1.2倍、昼休憩30分を追加した時間が、おおよその所要時間だ。
下山時刻を設定し(日が落ちる前、15:00には下山したい)所要時間から逆算すれば、出発時間もおのずと決まってくる。
3.アクセス方法
目的地やルートが決定したら、そこまでの交通アクセスを考えよう。アクセスには、公共交通機関やタクシーを利用する方法と、自動車を利用する方法がある。
公共交通機関やタクシーの利用
公共交通機関を利用するメリットは次のとおり。
- 運行時刻が正確
- 入山口と下山口が異なる縦走登山に便利
- 下山後の負担の軽減
特に下山後、運転の負担を減らせることは大きい。
人数がいる場合はタクシーを利用するのもひとつだ。マイナーな山域にはそもそもバスが走っていないこともあるし、乗車料金を割り勘すれば費用は抑えられる。
タクシーを利用する場合は事前にタクシー会社に連絡し、運行状況を確認しておこう。地方都市では早朝にタクシーがつかまらないことも珍しくないからだ。
自動車の利用
自動車のメリットは以下のとおり。
- 時間に縛られず自由度が高い
- 下山後の着替えなど、荷物を預けられる
時間を気にぜずに自由な山行計画を立てられるメリットは大きい。ただし、下山後の身体的負担や、事故や渋滞のリスクを忘れてはならない。
登山計画書の一例
登山計画書作りで検討すべき事をふまえ、実際に私が作成した登山計画書をご紹介しよう。

この登山計画書は、大阪から電車で兵庫県芦屋市に移動し、六甲山系『荒地山』への登山を計画したものである。
ちなみに、登山計画書の様式に決まりはない。しかし、記載しておくべき事柄がある。
例えば『山梨県登山の安全の確保に関する条例』では、登山届の内容に以下の6つを定めている。
- 登山をしようとする者の氏名及び住所
- 期間及び行程
- 携行する装備品、飲料水及び食糧の内容
- 緊急時における連絡先
- 携帯電話端末、無線設備その他の通信手段の保有状況
- その他規則で定める事項
これらを基本に、登山計画書を作成しよう。
荒地山への登山計画書は『ヤマケイオンライン』の登山計画機能で作成した。もちろん自作してもよいのだが、なかなか面倒なのも事実だ。そこで、便利なWEBサービスやダウンロードで手に入るひな形を利用しよう。
大切なことは実際に登山計画書を作って提出することである。そのための便利サービスはどんどん活用したい。
登山計画書の使い方

登山計画書を作成したら、メンバーと共有するとともに、家族や友人にも渡しておこう。そうすれば、万が一遭難した際に自分で救助要請ができない状況でも、家族や友人が救助を要請してくれるだろう。
そして、登山口のポストか地元の警察署にも提出しておく。救助要請があった場合、ポストや警察署に提出された登山計画書が手がかりとなるからだ。
ここで、ある疑問が浮かび上がる。
「提出した登山計画書、下山後はどうすればいいのだろう?」
下山後はどうする?
山行のことを伝えていた家族や友人、または所属してる山岳会などの組織には、下山の一報を入れよう。そして、ポストや警察に提出した登山計画書は、基本的に下山連絡の必要はない。
なぜなら、救助要請があって初めて登山計画書が活用されるからだ。
登山計画書を提出し、下山連絡がないからといって捜索が開始されることはない。わざわざポストに登山計画書を回収に行く必要もないのだ。
登山計画書まとめ
登山計画書は、登山の予習と遭難時のスムーズな救助活動に欠かせない。詳細な計画をまとめると、その山域の知識が手に入るだけでなく、緊急時の捜索の手がかりとなる。
登山計画書の作成には色々な要素を考える必要があるが、どれも登山に必要なものだ。面倒かもしれないが、最近ではWEBサービスでも作成できるため作成のハードルは低い。
この記事を参考に、実際に登山計画書を作成してみてほしい。そうすれば安全登山への意識が高まり、余裕をもって山の楽しめることだろう。