古代ローマ人がサンダルを履き始めたと同時に靴の手入れの歴史が始まった。古代から今日まで、革を柔らかく保ち、寿命を延ばすための栄養補給、つまり靴磨きが実践されてきた。
ここでは定期的な靴磨き以外に、身に付けておきたい日頃のちょっとした習慣をご提案したい。そうすればさらに革靴の寿命を延ばし、自分だけの愛着ある1足に育てられるだろう。それに、1足の革靴を長く使い続けることは環境負荷の軽減にもつながるのだ。
ここでは、革靴を長持ちさせるための習慣を、元靴職人が解説する。
目次
革靴を長持ちさせる3つの習慣

- シュートリーを使う
- 履き終えた後のブラッシング
- 靴底の修理は早めに
履き終えた革靴はシュートリーをセットし、ブラシでホコリを落としながら靴底を点検する。この帰宅してからの1分間の作業が、革靴をいつまでも美しく、良好な状態に保つのである。
シュートリーを使う

シュートリーとは、革靴の型崩れを防ぎ、湿気を吸収・発散してくれる、洋服でいうハンガーの役目をはたすものだ。とにかく、革靴は一度着用したら全力で乾かすことが大切である。
よく知られていることだが、足の裏は体の中でもっとも発汗量が多い。その量、体の他の部分の20〜50倍(※)といわれている。この汗を乾かすことなく放置すると、カビが発生する、革に染み込んだ塩分が白い斑点となって表に浮き出るなど、広義のサビを革靴に発生させてしまう。だから一度でも履いた革靴はしっかりと乾かしたい。
とはいうものの、直射日光やドライヤーでの乾燥は厳禁だ。熱による急激な乾燥は革を硬化させてしまう。シュートリーの持つ自然な吸湿・発散作用にまかせ、風通しのよい日陰で乾かすのがいい。さらに、2足以上の革靴を用意し、ローテーションさせるのがベストである。
履き終えたらまずシュートリーをセットする。そしたらブラシを用意して、ホコリを落としていこう。
- 参考:『皮革ハンドブック』靴の乾燥法 日本皮革技術協会
ブラッシングでホコリを落とす

革靴は短時間の着用でも汚れやホコリが付着する。帰宅後は毎回ブラッシングし、これが革靴を長持ちさせるふたつ目の習慣だ。
汚れやホコリはカビの格好の栄養分であるとともに、そもそも革はカビやすい。カビの菌は、革の中の油脂や汗、植物タンニンなどを栄養にし、低水分域でも繁殖できるからだ。もしカビが発生したまま放置し、革の内部まで浸透してしまうと、もう除去は困難である。
シュートリーをセットし、湿気を逃しながらホコリもしっかり落としておこう。そのついでに、靴底の減り具合を点検しておきたい。
靴底の修理は早めに
早期発見、早期治療は人だけでなく革靴でも同じこと。特に減りやすいかかとやつま先を点検しておこう。


伝統的な製法で作られた革靴なら、かかとのゴム(トップリフト)は交換できる。その材料にもよるが2,000円前後が相場だろう。同じくつま先の補修も2,000円ほど。
放っておくとオールソール交換が必要になり、費用がかさむばかりか、靴によっては修理不可能になることもある。何より大きく片減りした革靴は見栄えが悪く、印象を損なう。ビジネスマンがそんな革靴を履いていたら、決まる商談も決まらないというものだ。
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以上のように、履き終えた革靴はシュートリーをセットし、まめなブラッシングで汚れやホコリを落とし、早めの修理を心がけよう。そうすれば革靴は足にしっかりとなじみ、手放せない1足へと育つのだ。そのためには、まず手入れや修理ができる革靴を選ばなければならない。
ディスカウントショップで販売される数千円の革靴……いや、合成皮革、つまりビニール製のビジネスシューズ、これはひどく不経済なものだ。素材や製法の都合上、手入れや修理ができず、職人時代に修理依頼を受ける度に僕はずいぶんと困らされた。修理ができないということは、何足も何足も買い替え続けなければならないということ。
なにも10万円超えの高級靴でなくとも、信頼できる国産メーカー、例えば僕の古巣「リーガル・シューズ」や、ヒロカワ製靴が手がける「スコッチ・グレイン」ならば、2〜3万円代で10年履ける革靴が手に入る。それに、革靴には歴史の中で確立された定番デザインがあるから、決して流行遅れにはならないのだ。10年履ける革靴の選び方、詳しくは靴の手入れ|靴磨きの基本と10年履ける靴の選び方を参考に。
革靴の環境負荷を考えると、少しでも長く愛用したい
革靴の材料は食肉の副産物であり、その多くは牛革製だ。化石資源を使わない——という点からすれば、人が肉を食べ続ける限り生まれるサスティナブル(持続可能)な素材と言える。しかし、革の原料である牛肉生産が及ぼす環境負荷はバカにならないのである。
2019年9月、国連気候行動サミットに参加するために訪米した小泉進次郎環境相が「毎日でもステーキを食べたい」と発言し、日本は「環境汚染大国」だと世界から非難を浴びた。
その理由は、世界の温室効果ガスの14%は畜産業から排出されており、そのうちの65%が牛肉の生産に由来するからだ。(※)
主な要因は牛の呼気、すなわち”げっぷ”に含まれるメタンガス。メタンガスは二酸化炭素の21倍の温室効果がある。続いて、牛の飼料の生産や、その輸送の過程で大量の二酸化炭素が発生する。
牛を食肉とて加工した後、その原皮から革を生産し、そして革靴が生産される。この過程でさらなるエネルギーと大量の水を必要とすることは言うまでもない。
革は有史以前から利用されてきた。生命の一部であるから、人が作り出すことのできない貴重な素材だ。丈夫でしなやか、かつ肌触りもよく適度な吸湿性を持ち、加工しやすく、しかも美しい。これほど靴に適した素材は他にはないだろう。だから現在でも靴の素材として重宝されている。
その一方で、牛肉や革の製造過程で環境に多大なる負荷がかかっていることを、頭の片隅においておきたい。リユース(Reuse)、繰り返し使うこと。1足を長く使い続けることが、わずかでも環境負荷を減らすことにつながるのだ。
- <参考>
- 農林水産技術研究ジャーナル:家畜生産におけるLCA
- 東京新聞:バカにできない?肉の生産で出る温室効果ガス
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革靴を長持ちさせる3つの習慣を、最後にもう一度まとめておこう。
- シュートリーを使う
- 履き終えた後のブラッシング
- 靴底の修理は早めに
良質な革靴を選び、大切に手入れや修理をしながら愛用すれば、自分だけの愛着ある1足に育つ。その1足が、バカにならない環境負荷のもと生産されていることも知っておきたい。
長く愛用できる革靴を選び、手入れし、修理し、使い続ける。この小さな個人の取り組みが、持続可能な循環型社会の実現につながると僕は信じている。